行きたいから行ってみた、ではだめですか?
思い起こしてみますと、貯金はあったものの、私はどうやって稼いでいくか将来を全く考えないままにアメリカに行きました。
なにせとにかくポートランドに住んでみたかったんです。
そしてそのときは本気で自然療法を学びたいと思っていたんです。
それだけでした。
やってみたいと思ったらやらずにはいられない性格です。人がなんと言おうとやります。
そして、自分が行きたくて行ったので、住みたくて住んでいるので、困ったら日本に帰ればいいかと思いつつも、心の奥底ではここにいるためなら手段を問わないという意気込みでもありました(もちろん悪いことはしません)。
長くいたいとなったら、言葉がまともにできないけれどお金を稼ぐ必要があるなとも思っていました。
お金を稼ぐという点において自分は底辺にいると思っていました。路上生活をしている人のほうがよっぽど稼ぎ力があるやんと思ってました。言葉は何よりもまず基本だと思っていたからです。
そんな中、友達の紹介でベトナム人男性が経営する、
寿司にうどんに冷凍の肉まんに、もちろんベトナム料理も!と、
なんでもかんでも売ってるフードカート(屋台みたいなやつ)で働けることになりました。(もちろんビザ的には違法です。)
当時の私の英語はひどいもんでした。
お客さんが言ったことがわからず、オーナーにきくことが何度もありました。
でも生春巻きをつくったり、バーンミーをつくったりしてお客さんと接するすることが楽しかった。
わぁ、私アメリカで生活してるよ!ってワクワクしました(笑)
大量の粉わさびを水で溶いてストックしたり、
しじみの味噌汁の素を溶いたものを「すみませんね、こんなんで」と思いながら、2ドルで売ったりしてました。
仕事が終わるとグッドウィルっていうみんながいらないものを回収して売っている店に通ってました。特に買いたいものがなくてもそこに行って楽しんでいました。元が不用品なので安いんです。
グッドウィル本部では無料の英語クラスも一般の方に提供していて、中年から高齢の方々が参加されていて、語学学校と違う生徒層も新鮮でした。
移動は自転車でした。春夏はとにかく気候がすばらしくて、お花が咲いて緑がわっさわっさしていてきれいで気持ちよかった。
あ、話が逸れたので戻します。
そう、自然療法士になりたかったんです。アメリカでは国家資格です。資格を取るために学校に行く必要があります。
ある日ポートランドで私が行きたいと思っていた自然療法士の学校を卒業し、ご自身のクリニックを営んでいらっしゃる日本人女性とお話する機会を得ました。
これもまた、別のお友達の紹介です。ありがとう!
彼女は自身がひどいアトピーに長年悩まされ、治療のために良さそうなことはなんでもやったと。アーユルヴェーダーなどの代替医療も含めてです。
それでも完治しなくて、これは自分で治すしかないと思ったそうです。
それで、かゆみで皮膚が血だらけになったりもしながら、広告代理店で働きつづけ、お金をためて学校に行く資金をつくったそうです。
その学校の費用を調べてみたら2000万円くらいするんですよ。
そして最低でも6年くらいかかりそうだということもわかりました。
6年間。2000万円。
この数字は私の肩に重くのしかかりました。
そもそもアメリカの大学の学位がないので、自然療法士の学校に行く前に大学の単位をとる必要があることもわかりました。
すべてアメリカ行く前に調べろよ!っていうことばっかりなんですが、とにかく行ってみてわかりました。
さらに、なんとかがんばって資格をとれたとしても、日本ではこの資格は使えないということもわかりました。そりゃそうですよね。日本には自然療法士という国家資格が存在していないんだもん。
さあ、どうしたもんかと考えました。
とにかく自然療法士になるための学校に見学にいきました。1日見学ツアーです。
学校には病院も併設されていたので、実際の診察室もみることができました。
見学させてもらったあとに、その診察室で自分が白衣を着て診察している姿を思い浮かべてみました。
そして、ゾッとしたんです。
患者さんを問診して診断する自分を想像して、恐ろしくなりました。
人の命を預かるということを具体的に想像して、心底ゾッとしたんです。
私は東京で働いていたとき、仕事で精神的に追い込まれたときには
「失敗したって誰も死なないから大丈夫」
と自分を安心させていたんです。
それが!この仕事は、失敗したら人が死ぬかもしれないんです。
これはいかん。これを私がやってはいかん。
そう思いました。
場を具体的にイメージするって大事なんだと改めて思いました。
そこで働いている自分をイメージして楽しい気持ちになるかどうか。
この想像をせずに、お給料とか福利厚生とか、会社の名前とかで選んで働き始めて、
肌に合わず、すぐやめた会社あったなあ。なんて思ったりしました。
ということで、自然療法士になるという私のポートランドでの目的は半ば消滅状態でした。
どうしよう。
とりあえず英語だけは上達させなければ、とがんばっていました。
そんなある日、友達からお茶屋さんの手伝いをしないか?と誘われました。
やる!と一つ返事でお手伝いを始めました。
ティーバッグをつくったり(手でつくるんですよ)、お茶を袋につめたり、といった仕事が主でした。内職的な。
オーナーはカリフォルニア出身の元フードライターでとっても素敵な女性でした。
ホームパーティーをよくお宅で開くような社交的な方で、お店にもしょっちゅう友達が遊びにきて仕事どころではない日がたくさんありました。
サロンってこんな感じの場所のことかな、なんて思ったりしてました。
彼女からはいろんなことを学びました。
お料理、おもてなし、インテリア、お花の活け方、ヨガ、ファッション、ファーマーズマーケットでの食材の選び方、などなど。
かわいくて、優しくて、センスがよくて、おっちょこちょいでとってもチャーミング。
彼女のお友達も素敵な人ばかりでした。旦那さんや息子さんとも仲良くなりました。
家族のように私のことを迎え入れてくれました。
彼らが旅行で留守の間は寝泊まりして猫の世話もしてました。
そう、今のベルリンの私の状況と同じなんです。
今友達の家(一軒家、庭付き)に一人で住んでいます。彼女の猫の世話のために。
ここがめちゃくちゃいい家なんです。庭には果物が何種類もなっていて、プールもサウナもあるんです。
私はなぜか住むところには困らないんです。
ポートランドで大家さんともめて家を出たときは、お友達夫婦の家にお世話になりました。
2ヶ月くらい。すごく楽しかった。ごはん作ったり、一緒にでかけたり。
その後、お茶屋さんのお友達のモダンなマンションにも長く住まわせてもらいました。
NYで暮らしをしていた独身女性の素敵な家です。おしゃれなインテリア雑誌にでてきそうなモダンさ。
二人でネットフリックスをみたり、ジムにいったりこれまたすごく楽しかった。
きれい好きな人でいつも掃除をしてたけど、うるさいことを言われたことは一切なかった。美人で寛容な優しい年上の女性。
この2人の年上女性との出会いのおかげで、私はポートランドがもっともっと好きになりました。
2019年の秋にベルリンから帰国したときは、東京都内の分譲マンションに一人で住まわせてもらったこともあります。しかもタダ!それも友達の幼馴染で今つかってないからいいよって。
ラッキーとしか言いようがありません。
彼女にはさすがにタダでは申し訳ないと、彼女のお店のホームページをつくってあげることにしました。そしたら後日、更新とか管理とかしてほしいから毎月お金を払いたいと言われ、断ったんですが、そのほうが気が楽だからって毎月支払ってもらうようになりました。
無料の仕事が毎月の収入に!
と話がいろんなところに飛んでしまったのですが、こんなうまい話あるわけないよ。
とか、私は特別運がいいんじゃないか、と思った方。
違います。
あなたの強みや取り柄はなんですか?
と誰かに聞かれたら私はこう答えます。
「勢いと笑顔。」
とにかくやると決めたら早いです。さっさと行動します。
そして「君は笑顔がいい!」と何度も人に言われました。
楽しそうでいいと。
最近、坂口恭平さんの「お金の学校」を読んでこの取り柄のおかげだったのだとすっと理解できました。
取り柄と思っていたけど、単純に流れにのっているだけなんです。
笑顔は楽しいからです。
早いのは今起こしてたその行動が流れに乗ってるからです。
「お金の学校」はもう腑に落ちることしか書いてなくて、こんな本をだしてくださってありがとうございます!と心から思いました。
お金がいくら儲かるとか、そんなこと考えもせずに、
喜んでもらえることって何かな?
楽しそうだからやってみよう!
と始めたことってだいたいうまくいくんです。
そういうときはとにかくどんどん流れていきます。
あと、不安だからやめとこう。とやめれるくらいなら、やらないほうがいいということかも
と思ったりもします。
本当にやりたいことは誰に何を言われようと止められないものではないでしょうか?
時間がかかったとしても、そのやりたい気持が消え失せなければ、結局人は行動をするんじゃないでしょうか?
そんなこと言ってる私ですが、負のスパイラルに陥ってしまうこともよくあります。
そういうときは美味しいものを食べたり、走ったり、自然の中にいって過ごして、すこしずつ元気を取り戻します。
そうすると、
どうしてやりたくもないことをやらないといけないと思いこんでいたんだろうか。
やりたくもないことを必死にがんばっていたんだろうか。
そんなのうまくいきっこないのに、、、
ということに気が付きます。
楽しそうにしている人を人は応援したくなるし、
自分も楽しいから続けられます。
説得力も出ますよね。
行きたいから、楽しいから!
それでアクション起こしてみようっていうお話でした。
海外生活をサバイバルするために役立つ考え方
私のブログを見てくださっている方は、海外(特にポートランド)に移住したいと思っている方が多いと思います。
今回は久しぶりにブログを書くので、過去を振り返りながら、海外生活をしていく上で知ってよかったと私が思う考え方について書いてみようと思います。
近況報告
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2021年の年明けはベルリンで迎えました。
2019年の10月に日本に帰国。
翌月11月に祖母が他界。お葬式でお別れの挨拶をし、年が開けて2020年1月に自然栽培茶園のお手伝いのために奈良に移住。
1週間だけベルリンに戻って荷物を持って帰り、3月にコロナ発生。
6月と7月に農園のウェブサイトを2つローンチ。
8月に1ヶ月ベルリンにてパートナーと過ごし、日本へ戻り、3ヶ月過ごす。
再び12月半ばにベルリンに戻り、4月フリーランスビザを取得。
2021年5月現在、日本のクライアントとの仕事をしながらベルリンにいます。
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今回のテーマ「海外生活をサバイバルするために役立つ考え方」について
もう随分前の話になりますが、日本のマザーテレサと言われる佐藤初音さんの講演を見に行ったことがあります。
用意されたアンケート用紙に、
「初音さんにアドバイスがほしいこと、聞いてほしいことがあったらご記入ください。」
とあり、私は当時難しく感じていた会社の先輩との関係について書きました。
初音さんがくださった答えはとってもシンプルでした。
「あなたががんばるのをやめたらいいんですよ。がんばらなくていいんです。」
そのときに「はっ!」としました。
私は無理をしていたんだと。勝手に自分で背負って、勝手にストレスを感じていたんだと。
それでも「他人に好かれるため」「人に怒られないようにするため」「人の機嫌を取るため」にがんばることをやめることはできませんでした。
それが習慣となっていたからです。そういう思考と行動が子供のころから染み付いていました。
アメリカに行ってもそのクセは直らず、一番身近なパートナーをはけ口にして、鬱憤をはらしていたように思います。ひどい話です。
このクセに本気で気がつき、自分を変えようと決めたのは、ベルリンに住み始めたことと今のパートナーに出会ったことが大きなきっかけです。
私のパートナーは、ザ理系人間で、嘘をつくことを嫌い、人の顔色を気にすることもなく、論理的に簡潔に物事を考え、なんでも率直にいう、裏表のない人です。
あまりにも率直な物言いに傷つき、泣いて怒って喧嘩をしたことは数知れません。
苦労を経て私が学んだことは、Don't take it personally. という考え方。
どういうことかというと、
「自分自身に問題があるとはとらえない。起こったこと、事実・事象が問題であって、私自身が責められているのではない。」と捉えること。
私にとってこの考え方を身につけることは精神の健全を保つために非常に重要だと感じました。
もう少しわかりやすくすると、
例えば上司に提出したレポートのミスを指摘されたとします。
「ああ、どうしよう。またミスってしまった。私に能力がないからこんなミスが起こるんだ。」
と捉えるのではなく、
「ミスが起きた。これはよくない。どうしたらミスをなくせるか。」
と考えると同時に、
「私自身がバカだとか間抜けだといわれているのではない。」
と認識する、ということ。
私は自己評価が低い人間なので、こうやって意識して認識をする必要があるのです。
(自己評価が高い人には必要ない認識行動だと思います。)
そしてもう一つ。返答をそのままの意味で受け取る。返事の裏を読み取る必要はない、ということ。
Yesといったけど、本当は違うんじゃないか。気を使ってYesと言っただけであって、心底はNo なんじゃないか。という勝手な推測をして、推測をもとに行動することをやめる。
この勝手な思い込みのために何度もトラブルにあいました。
そう!「空気よめよ」というあの言葉です。日本で育った人、特有の癖だと感じます。
少なくともアメリカとドイツでは空気なんかよまなくていいです。空気をよむとややこしいことになります。やめましょう。
帰国して日本で過ごしはじめた矢先、コロナで海外に自由に行くことができなくなりました。ここでまた考え方に変化が。。。
↓
ポートランドへ移住してから日本と海外を行ったり来たりしていたので、これからもずっと同じように自由に行き来ができるものだと思い込んでいました。
「誰といたいか」「どこに拠点をおきたいか」を私は真剣に考えたことがなかったんです。
その時その時、したいことがある場所へ、会いたい人がいる場所へ、ただ行きたいところへ行っていた自分。よくいえば軽やかに、悪く言えば軽率に。
「決断してから行動を起こすまでのスピードが早くてついていけない」と言われることが度々ありました。
そのことについて考えてみたら、根底に「やってだめだったらやり直せばいい」と思っている、ということに気がつきました。
やり直しができないことがあることは知っています。
でも、無駄なことなんてない。失敗もひとつの経験にすぎない。人生に意味などはなく、経験を積み上げていくだけなのだ、という人生観を持って生きてきました。
それが日本に住み始めてから「私には他者への配慮や思いやりが欠けていたのではないか」と思うようになりました。
自分の思うように生きなさい。人の人生ではなくて、自分の人生を生きなさい。
そう。それは正しい。
自分を愛することができなければ他者を愛することなどできないことも、やっと腹から理解できるようになってきました。
でも、好き勝手にやることが自分の人生を生きること、とは言えないように思うのです。
大事な人たちの心を慮って、自分の身勝手をやめる人生も幸せにつながるのではないか、と思うようになったのです。
ここまで読んでいただいて、私の考え方の変化と混乱に気が付かれたかと思います。
長くてすみません。。。
考え方の変化(一貫性の欠如)について
<東京でOLをしていたころの私>
「他人に好かれるため」「人に怒られないようにするため」「人の機嫌を取るため」にがんばることをやめることはできなかった。
→他人がどう思うかを気にして、他人の反応(予測)をベースに行動をしている。
<海外生活から帰国し、1年日本で暮らした私>
好き勝手に海外と日本を行ったり来たりして、「私には他者への配慮や思いやりが欠けていたのではないか」「好き勝手にやることが自分の人生を生きることとは言えないと思う。」
→自分勝手すぎるのではないか?
考え方に一貫性が欠けています。なぜなのか。
日本を出て海外生活をすると、アイデンティティの崩壊が起こります。(少なくとも私には起こりました。)
今まで常識だと思っていたことが常識ではなく、当たり前が当たり前でない現実を生きることになったからです。何を指針にすればいいのか、全くわからなくなりました。
「こうするべき。こうあるべき。」と思っていたことが、そうではなかった、いう事実に直面しました。
そうやって自分の常識が崩壊した後に日本に戻って生活したら、ますます混乱が生じました(苦笑)。
そしてコロナ禍にもかかわらず、改めて日本を出て考えて、この矛盾に結論を出しました。
何を自分は大事にするのかをはっきりさせ、大切にすること。そして自信をもつこと。
決断し、その決断を貫く信念をもつこと。(英語でいうとPrincipleですね。)
海外生活では想像もしていなかった理不尽なことが次々と起こります。でも「いつか海外で暮らしてみたい」と思っている方の背中を押したいと、私は強く思っています。
私が実際に行動をしてみて、想像以上に世界が広がることを身をもって知ったから。
アイデンティティの崩壊も素晴らしい経験だったと今は思います。
つらくて泣いてばかりの日々もあったけれど、世界は矛盾と多様性に満ちていて、善悪という2面でなんて到底図れるものではないことを知り、想像なんてしたこともなかった日々に好奇心が揺さぶられ続けています。
まとめ
長くなりましたが、今回の記事で伝えたかった、海外生活をサバイバルするために役立つ考え方はこちら。
1.Don't take it personally.
2.空気はよまない!
3.何を自分は大事にするのかをはっきりさせ、大切にすること。そして自信をもつこと。
決断し、その決断を貫く信念をもつこと。
あくまでも私が個人的に感じたことですが、もしかしたら、誰かの役に立つかもしれないと思って書きました。最後まで読んでくださってありがとうございます。
ベルリンでアパート探し。部屋探しは相当困難!
お久しぶりでございます。(バウハウスミュージアムで撮影)
過去の記事にコメントをいただいていることに今日気がつきました。随分と日が経ってしまっていたのですがお返事させていただきました。ごめんなさい。
その方がベルリンの住宅難について触れられていたので、ここで住宅探しについて、私の経験をお話ししたいと思います。
まず最初にお伝えしておくと、ベルリンの住宅探しは非常に困難です!
これは外国人だからではありません。ドイツ人でも困難な状況なのです。
ベルリンの不動産価格は上昇を続けており、賃料も上がる一方。
この状況に対して市民が抗議し、署名を集め、市民の声をいよいよ無視できなくなった政府がついに動き始めたほどです。こちらの記事にあるように今ベルリンは、将来5年間、賃料の上昇を禁止する法律の施行がさせるか否か、という状況にあります。。
これが本当の民主主義だよな、と私は感動を覚えました。市民が声を上げ、抗議をし、政府が動く。私もこの規制の施行を願っています。
といった状況なので、住宅探しについては楽観的ではいられません。
まず、もしシェアではなく、一人で住むアパートを探しているのであれば、より大変な状況が待ち受けているということを覚悟してください。
ベルリンでアパートの内見に行くと、100人はいるんじゃないか、というくらい大勢の人が押し寄せることがあります。
もちろん中には冷やかしとか、ただの連れという人も含まれているとは思いますが、殆どはその部屋を借りたくて内見にきている人たちです。
申し込むための書類を用意してい握りしめている人もいます。これには驚愕でした。
嘘でしょ。。。と思わず口から声でましたよ。
日本でそんな状況想像できますか?
不動産屋さんに行って、内見に行ったら、まさかの大混雑!!
そう、ベルリンでの部屋探しはまさに”戦い”なのです!
よかったらこの掲示板もみてください。ベルリンでアパートがみつかる可能性はどれくらい? という質問に対して、かなり厳しいコメントが書かれています(汗)。
でもこれ、私も同感です。
となると、日本にいる時点で、住むところを確保して、それからドイツへ渡航したいと思われるでしょう。それも不可能ではありません。その場合は、下記の会社などが利用できます。
エージェントに高い仲介料を支払うことも構わない。
そして賃料が上乗せされていても構わない。
くらいの気持ちの方は使ってもいいかと思います。こちらを利用した友人の話だと契約後の質問には返信すらなかったとのことでしたので手厚いケアは期待できません(涙)。
もしベルリンに友達がいて、その方から直接借りられる、もしくはその方の知り合いから借りられるというよう場合であれば、費用についての問題もクリアできるかも。そしてそんな状況はとってもラッキーです!
もしすでにエリアが決まっているのであれば、他のエリアも検討するなどして、許容範囲を広めにしておくこともおすすめします。
私の場合はポートランドからポルトガルに滞在し、その後にベルリンへ引っ越しました。ポルトガルではAirbnbに滞在し、リズボンに2週間、ポルトに1ヶ月間いました。
ポルトにいる間に短期で借りられそうなベルリンの部屋を探していたのですが、いまいちピントくるものがなく、とにかく行くことにしました。(またもや無謀)
ここからが苦難のはじまりです。
まずここでもAirbnbに滞在し、情報を集め、連絡をとり、内見にいくことを繰り返しました。追い打ちをかけたのが2年ほど前に政府の規制が入ったことで、Airbnbの運営が厳しくなり、多くのオーナーがAirbnbをやめて、ベルリンのAirbnbの価格が高騰、部屋数も減っていたこと。かなりの出費になりました。
それから主に下記のimmobilienScout24を使って、部屋を探しました。
他にもサイトはあるのですが、結構情報がかぶっていたので、私はこちらをおすすめします。
■部屋探しサイト
このサイトでは長期短期合わせて、アパートが探せます。
アメリカのクレイグスリストと同じように、個人が情報を掲載しています。
日本後で情報を提供しているサイトです。
※部屋を探している人、部屋を貸したい人のFacebook Groupもあるのですが、私は使いませんでした。興味がある方は情報を載せている方がいるので、検索してみてください。
私は、自分の状況を検討した結果、シェアルームを借りることにしました。
最終的に私が部屋をみつけた方法は、Factory Berlinというコワーキングスペースのメンバー間がやりとりする掲示板でした。こちらはSlackというアプリケーションを使います。(改めてFactoryについてはブログを書きますね。)
私はこのFactoryのメンバーになっていたので直接掲示板をみてコンタクトしましたが、もしベルリンに友達がいて、こういったコミュニティに属していたら、とにかく恥をかきすてて聞きまくってください。あなたがメンバーでなくても、メンバーの方があなたを紹介してくれれば問題ありません。
と、ここまですでにお気づきの方もいるかもしれませんが、基本的に私が行った一連の行動は下記で書いたことと同じでした。要は利用するメディアが変わっただけですね。
ルームメイトを探している人にコンタクトをとって、自分のことを紹介し、内見にいき、話をして決める。ドイツ語ができなくても英語でなんとかなります!
ガッツと笑顔でがんばりましょう!
この笑顔でいることは本当に重要です。なぜなら、ドイツ人は基本ぶっきらぼうなので、めげそうになるから(苦笑)でも実は心の優しい人たちなので、こちらが笑顔でいると、向こうもだんだん心をひらいてくれますよ!!
改めまして、もんもんさん、コメントありがとうございました!
何か質問がありましたら、みなさまぜひコメント欄にお願いします。
かなり反省したので、これからはこういったことがないよう、定期的にチェック欠かさずしますね!!
ポートランドからベルリンへ引っ越した理由
もう1月も後半ですが、明けましておめでとうございます。
今年はもっと頻繁にこのブログに思ったことを書き綴ろうと思っています。
元旦、2019年という数字をみたときに、2015年にポートランドに移ってから、もう3年以上が過ぎたのか!と改めて驚いてしまいました。
ポルトガルに1ヶ月半滞在した後、ドイツのベルリンに移って今はベルリンでアパートを借りて住んでいます。
どうしてベルリンに移ったのか。その理由をまずは箇条書きしてみます。
★ベルリンに住むメリット★
1. 物価が安い(食費、生活用品などの生活必需品)
2. 賃料が安い
3. ビザがとりやすい
4. 学費が安い(語学学校:月2万円、大学:無料)
5. ドイツではあるが英語が通じる
6. 公共交通機関が発達しているので車がなくても問題なし
7. いろんな国の人と出会うことができる
8. 母国語が英語でない人が多く、英語で話しやすい
9. カルチャーシーンが賑やか
10. 他の国に格安で旅行できる(例えばローマまで往復4000円)
そして、上記リストの反対要素がポートランドにはあったんです。
ポートランドはアメリカ国内の主要都市に比べたら、物価も安く、住みやすい街であることは間違いありません。しかし、賃料や食料品、生活用品は決して安くありません。
学費もアメリカ国民と比べ、留学生は約3倍ほど払わないといけません(コミュニティーカレッジや大学の場合)。語学学校も月10万円程はかかります。あとやはり車があるのとないのとでは、雲泥の差。
そして立ちはだかるビザ問題。これがもう本当に高い壁!
ということで、ベルリンの噂はいろいろ聞いていたものの、実際に行ってないとわからないな、と思いまずは行ってみることにしました。
そしてポートランドとベルリンには多くの共通点があるのを感じました。
★ポートランドとベルリンの共通点★
・若いアーティストが多くいる
・他の都市にはない独特なカルチャーシーンがある
・LGBTに寛大
・自転車社会
・ビーガン、ベジタリアンが多い
・オーガニックに敏感
・お金を使わずに楽しむ方法を知っている
・夏はとても美しく短く、冬は暗く寒く長い
金銭的にもビザ取得の面でもポートランドに住み続けることは難しいということはわかっていたので、選択肢は、日本に帰るか、ベルリンに住むか、の2択になりました。
そこで次に日本にしばらく帰ってみました。とにかく自分がどう感じるかを体感したかったのです。そしてすごくすごく考えました。結果、ベルリンに来ました。
私は長期的な計画を立てるのが苦手です。
「 5年先、10年先の自分はどうなっていたいかとイメージすることが大事」とか
「人生のゴール設定をすることが大切」ということを耳にしたり、本で読んだりして何度もやってみました。実際にエクセルで5年先までの表を作って、経済的なことなど含めて、試算したこともあります。でも自分には向いてないと気がついたんです。
私の場合、どうやったって計画どおりにならないのです。
今は半年先すらわかりません。3ヶ月先だって怪しいものです。
こういうことを日本に住む友達に言うと
「本当に大丈夫なの?」と心配してくれたり、
もしかして、引いてる?(笑)と感じたりすることもあるのですが、
ベルリンに住んで4年目という最近出会った日本人女子が
「半年先どころか一月先すら怪しいもんです。」とあっけらかんと言っていて、
「先が見えないことを前向きに取らえられるから、こうして一人で海外にいられるんだな」と妙に納得しました。
新しいことを経験したい、発見したい、自分を試したいという好奇心と、ちょっとした無鉄砲さがなかったら、こんなところにわざわざ一人で住まないよなーと。
というか、そういう人でないと快適な日本をわざわざ出ないと思います。
日本は本当に素晴らしい!まず日本語で全てが通じる!こんなに楽なことはない!!
そして美味しいものが山のようにある!大好きな家族、友達ともすぐに会える。
じゃあ、なんでベルリンを選んだのか?ということを、自分の深い部分に再度確認してみたところ、書くことを一瞬躊躇したのですが、、、書きます。
やっぱり日本に帰るのが怖かったんです(涙)。
私はもうすぐ40歳で、結婚して、子供のいる友達がほとんどです。
そんな中、自分は定職もなく、独身で、これから先のことがはっきりしていない、という状況を日本で直視した時に、すごく恐ろしくなった。そして明らかにいくらかの冷たい視線を感じました(笑)。
周りを気にしてビクビクして小さくなって暮らすのは苦しいなあ。だったら先が見えないけれど、面白そうなところで暮らしたいなって思ったんです。
怖いから逃げたということになるのかもしれないけど、とりあえず今はそれでよかったということにしています。アメリカに行く前と今の自分はどうしたって何かが変わってしまって、もう3年前の自分には戻れない、ということを日本で再確認しました。だから新しい道を開拓していくしかないんだと。
最近よく「人間、いつ死ぬかわからないもんなあ」と思います。年をとったし、親しい人と離れて暮らすようになったからでしょうか。
どんな人でも死は平等に訪れる。ただそれがいつなのかがわからないだけで、必ず死はやってくる。だから、今できることに集中しよう!って思うようになりました。
単純に余計なことを考えている余裕がないのかもしれませんね(苦笑)。
子供も夫もいない独り身なので、もしお金がすっからかんになっても、なんとかどこかで食べて生きてはいけるかな、とも思っています。
その時に少しでも時給が稼げるように、少なくとも語学はしっかりやっておかないと!
最後にベルリンがどれだけ自由な街かがわかる、公共交通機関が作った動画を紹介します。
「なーんにも気にしないよ。チケットを持ってるかだけは気にするけどね。」と歌ってます。
こんなクレージーなビデオをJRや東京メトロが作れるか?って考えてみてください。
いかにベルリンが特別な場所であるかが伝わるといいなあ。実際にこのビデオのような光景に出会うことがあるので100%フィクションではないです(笑)。
どうしてアラフォー(当時36歳)でアメリカに移住しようと決めたのか。今改めて考えてみた。
私は2015年の9月末に会社を退職して、10月の終わりにポートランドに引っ越ししました。
4月にポートランドを旅行したときに出会った日本人のお友達におすすめの語学学校をきき、そこに申し込みをして書類を取り寄せて、アメリカ大使館の予約をとって、ビザを取得しました。
ポートランドへ初めて訪れて、7月にNYで自然療法のワークショップに参加して、その後も会社で普通に働いていたのですが、
「私このままでいいのかな」
という疑問が毎日毎日頭によぎって、アラン・ワッツの動画を中毒のように何度もみていました。
そして何度も迷いながらも仕事をやめてアメリカに住もうと決めて、そこからものすごい勢いで準備して、あっという間に日本を出ました。
あの勢いはいったいどこからきたのか、今でもわかりません。
どうしてそんな大胆なことができたのか、日本でもアメリカに行ってからも、いろんな人に聞かれました。
勇気があったからではなくて、私はただあのとき、これから先の明るい未来を考えられなくて、「何かを変えなくてはいけない」というわけのわからない衝動が抑えられなかったのだと思います。
ただ一つ、子供の頃からいつか海外に住んでみたいとは思っていました。
大学生になってからはバックパックを背負ってよく海外旅行に行っていました。
トルコ、インドネシア、タイ、ラオス、カンボジア、南アフリカ、フィリピン、インド、ネパール。どこへいっても、そこで出会った子どもたちの笑顔がみんないきいきとしていて、生きているのがとても楽しそうだった。
私は健康で旅行に行けるような金銭的余裕もある状況なのに、いつだってしょうもないことで悩んでいたので、そんな子どもたちの生命力に触れる度に、
「私、ほんまにくだらんことで悩んでたわ」と気付かされ、元気をもらっていました。
この世の中はおもしろいこと、楽しいこと、美しいことで溢れている。
どん底と思う状況にいたとしても、そのことを思い出して、自分の置かれた状況を違った方向からみることができたら、どん底から抜け出すことができる。
これが私が旅した日々から学んだことでした。
そして私自身が「おもしろい!これはすごい!」と思ったことを世の中に伝えて、旅行ができない人にも、明るい方向へと思考を転換できる手助けができたらいいなあ、そういうことを仕事にしていこう、と決めました。
最初は雑誌社それからウェブに移行して、ウェブサイト運営会社、そして最後は投資教育会社で働きました。(最後のは「なんで?」って思いますよね。でも私の中では筋が通っていたんです。)
そうやって東京で一生懸命働いていたのですが、自分がなぜ毎日必死で仕事をしているのか、何のためにやっているのかすっかりわからなくなってしまっていました。
そして結局のところそんな自分の状況からなんとか脱却したくて、取り憑かれたようにアメリカ行きを決めたのだと思います。
私の決断が正しかったかどうかは今もわかりませんが、
「人生にはそもそも意味なんてものはなく、どれだけのことを感じ、どんな経験をするか、それが人生というものなのではないか」と思っている自分としてはアメリカに行ってよかったと思っています。
私がアメリカに行くことができた前提として、子供がおらず、両親も健康で、長年仕事をさせてもらってつくれた貯金があった。そんな自分の置かれた状況にも感謝しています。
ポートランドに住んで何よりも一番よかったことは、たくさんの友達ができたこと。
心から信頼でき、なんでも話ができる友達ができたこと。
40歳近くにもなってそんな友人ができたことが何よりもありがたい、かけがえのない贈り物です。
もしこのブログを読んでくださっている方で海外に住むことを迷っておられる方がいたら、1週間でもいいからとにかく行ってみて、自分が何をどう感じるかを味わってみてはどうかと思います。
えいや、と動くと物事が動き出します。頭で考えていたことと全然違うこと、いいことも悪い事もとにかく何かが起こります。それからまた考えたらいいんじゃないかなと思います。
偉そうに言いました。ごめんなさい。
こんな個人的な文章を最後まで読んでくださってありがとうございます。
ポートランドのファーマーズマーケット
ポートランドに観光に来た人の多くが訪れるファーマーズマーケット。
ホテル宿泊だと料理ができないので楽しみ半減ですが、それでもぜひ一度は訪れてほしいです。料理好きの方、お子さんと一緒の方、長めに滞在できる方はキッチンを利用できるAirbnbでの宿泊をおすすめします。
一番大きくて有名なファーマーズマーケットは、ポートランド州立大学の構内で毎週土曜に開催されるPortland Farmers Market » PSU。
冬を除いて野菜の種類が豊富でどれもとれたて新鮮!たくさんのファーマーがお店を出しています。そのうちの一つにアルグラ(ルッコラ)とわさび菜などを売っている小さなお店があるのですが、このアルグラの美味しさは忘れられません!わさび味のアルグラというものまであって、これもまたピリッと辛くて美味しいんです。
遅い時間にいくと売り切れてしまうので、私はまず一番にそのお店に向かっていました。その後で、他のお店をチェック。これがそのアルグラです!
フレッシュなお魚屋さんや冷凍のお肉、チーズなどをチェックして、小腹がすいたら、ブリトーやクレープ、カレーやキッシュなど買って食べながら、またグルグルとマーケットを散策していました。
パンや焼き菓子が大好きな私は、パイのお店 Lauretta Jean's 、塩味のきいたクロワッサンが美味しいFressen Artisan Bakery、グルテンフリーのパンのみを提供するNew Cascadia などが好きでした。これらのお店は実店舗もあるので、そちらで購入することも可能ですが、中には実店舗をもたないお店もあります。農家さんのお店はもちろんですが、例えば、日本人のミオさんのお菓子のお店。
アメリカでは珍しい、見た目も味も繊細で美しいお菓子を購入することができます。お友達もこちらのお店のお菓子はギフトに最適とよく購入していました 。
野菜ってこんなに美しいのか!と感動しました。
次に私がよく行っていたのはヒッピーな人たちが多く集まるPeopl's Food Coopのファーマーズマーケット。1年中、毎週水曜の午後2時から開催されています。
いろんなきのこを扱うきのこ屋さん。
お店の中ではありとあらゆるものが量り売りで売られています。
少しだけほしいときや、とりあえず試してみたいときにすごく便利。
実はアメリカに行く直前の約1年間、私はベジタリアンでした。具体的にどこが悪いというわけではなかったのですが、いつも疲れていて調子が悪かったので、とにかく健康になりたくて、ストイックに食事制限をしていたんです。
もともと野菜と果物、パンが好きだったので、お肉やお魚を食べないことは会食時以外困ることはありませんでした。野菜の美味しさに目覚めてしまうと、案外野菜だけで満足できてしまうものです。
ちなみにこの時私がしていた食事制限というのが、中国医療の先生からの指導によるこんなものでした。
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一番大変だったのは白砂糖を避けること。お惣菜など、大半の食べ物には砂糖(安価な白砂糖)が含まれています。はちみつで甘みがつけられているものにすら砂糖が加えられていたりするんです。
どうしても甘みがほしいときははちみつ、メープルシロップ、ココナッツシュガーやアガベシロップ、ライスシロップなどを使っていました。そんな経験から、白砂糖に変わるものを探すくせがついていて、アメリカにはたくさんの選択肢があるなあと感じました。
私は結局その後、なんでも食べるようになりましたが、たまに当時の快便っぷりと睡眠時間が短くても元気だったことを思い出します。
話が脱線しましたが、以前の記事でポートランドは美味しいものが多いと書きいいたとおり、野菜も果物もお肉も種類が豊富なので気になるものはとにかく試してみてほしいなと思います。ポートランドでしか楽しめない味がたくさんあるので!
他にもファーマーズマーケットはあるのですが、通年でやっていて、中心部から近く、短期間で訪れた方が行きやすいのはこちらの2つかと思います。
春、夏に行かれる方は他のファーマーズマーケットにも行かれてみてください。こちらのサイトでチェックできます。Portland Farmers Market
ポートランドでアパート賃貸、ルームシェア
ポートランドに行ってから一番大変だったことは家探しです。
住むところを決めてから渡米するという方が多いと思うのですが、私は実際に自分の目で見て決めたかったので、2週間あればなんとかなるだろう、とタカをくくり、2週間だけAirbnbを予約して日本を出発しました。しかし実際には住むところがみつかるまでに1ヶ月半かかった上、2年間で5回も引っ越しをすることとなりました。(苦笑)
そんな私の経験をもとに今日はポートランドの部屋探しについて。
一人でポートランドに留学する方だと、語学学校にホームステイ先を紹介してもらうというのが最も一般的かと思います。
しかし過去のホームステイの苦い経験から(詳細はこちらの記事へ) 、私は大変でも自力で探すことにしました。
1. ポートランドの家賃相場 --- 賃貸アパートとルームシェア
賃貸アパート相場
まず賃貸の相場ですが、一人暮らしのアパートで、ポートランドの中心部だと、一ヶ月$850〜1200 くらい。広さは違いますが、東京都内で安めのマンションだったら、7万円くらいで借りられることを考えると、結構なお値段ですよね。
2018年4月時点での平均賃料の一覧データです。
※Studioというは1ルームのこと。 452sq.ft = 約42㎡ なので東京だったら二人暮らしの広さ!
ルームシェア
一方、ルームシェアだったらもっと安く借りることができます。エリアや広さなどにより、$400〜800くらいです。
ルームシェアのいいところは、一緒に住む人が英語ネイティブであれば日常的に英語を話す機会がもてて、アメリカの文化も学べること。これはよく言われるメリットですが、実際にルームシェアを経験してみると、「アメリカの文化を学べる」とかそんな一言で片付けられたくない悲喜こもごもがたくさんあります。
今思い返すと驚きの連続で
「アメリカドラマでこういうのみたことあるぞ!」という光景や、
「ええ!そういう展開?!まじか!」
と、常識が覆されってこういうことを言うんだわ…という出来事がたくさんありました。自分は「確固たる日本人として培われたアイデンティティをもつ日本人なのだ」なんて、それまで考えもしなかったことを思ったりも。
2. 部屋探しに使ったwebサイト
話を戻して、予算、エリアなど条件をある程度しぼった私は、サイトで物件を探しまくって、手当たり次第連絡をしました。以下が私が使った検索サイトです。
(※ 同じアパートの情報が複数のサイトに掲載されているこも多々あります)
・Craigslist portland housing - craigslist
Craigslistは自転車の記事でも紹介しましたが、主に個人が情報を載せていて個人間でのやりとりになるので、私のように、英語が流暢でない、アメリカに来たばかり、定職もなく、どれくらい住むかもわからない、要するに貸主にしたら不安しかないような人でも借りられる可能性が高いです。
「犬を飼っていることが条件よ」というこんな面白いルームメイト募集も!
【reply】というボタンを押すと連絡方法が表示されるので、そちらからemailで連絡をしていました。この時点で個人情報を知られることはありません。もし先方が電話番号やemailアドレスをすぐにきいてきたらスパム投稿の可能性のもあるので、伝えずにやり取りを続けて様子をみることをおすすめします。
私は最初のコンタクトメールで、本気で探してることが伝わるよう、東京で10年以上働いていたこと、ポートランドにどうして来たのか、語学学校に通っていることなど、素性を伝え、できるだけ相手に信用してもらえるように努めました。それでも返事がくるのは5通に1通くらいだったように思います。
以下は日本だとSUUMO(スーモ)やHOME’S(ホームズ)にあたるサイトです。
・PadMapper Portland OR Apartments for Rent | PadMapper
・HotPads Apartments for Rent in Portland, OR - 1,370 Rentals | HotPads
・Zillow Apartments For Rent in Portland OR | Zillow
賃貸紹介業者を使う場合、募集ページに「Only $40 application fee! 」というようなことが書かれていることがあります。apprication feeというのは賃貸人としてふさわしいということを証明するための審査にお金を支払う必要があるのです。もちろん、審査は実際に内見して気に入ってからで構いません。
その他
・Nextdoor
ポートランドに到着して最初に滞在したAirbnbのオーナーがとてもいい人で、部屋探しに協力してくれました。彼女は Nextdoor というご近所さんと交流できるwebサイトに「部屋を探している日本人がいるので、もし貸したい人は連絡をください」
と投稿してくれたんです。
このウェブサイト本当によくできていて存在を知ったときは感動しました。
例えば、
「このボトル捨ててしまうのは勿体ないので、誰かほしい人いない?」
「近所に怪しい車が止まっているんだけど、何か知ってる人いませんか?」
「うちの猫が行方不明です!」
などなど。本当に些細なでもことを投稿してOK!
ご近所さんの力を借りたいとき、ご近所さんにお声がけしたいとき、など気軽に使えるサイトなんです。
これが実際の画面です。
このトップの投稿すごく怖いですね、、、。家のオーナーが煙突掃除屋さんを雇い、やって来たお掃除の人が彼女の車の鍵を盗み、1週間後彼女の愛車、スバルが盗難された(!)と書かれています。犯人はSteve Smith Masonryで数年働いている人で、会社自体がぐるだから、この会社を使わないで!と警告しています。
このサイトは実際に住む場所が決まってからも使えます。ただし、自分が今どこのエリアに住んでいるかを登録する必要があり、登録した住所にハガキが届きます。そのハガキに記載されたキーを使うことで利用できるようになりました。
3. 契約について
ルームシェアの場合
おそらく多くの日本人には馴染みの薄い、他人と一緒に暮らすというハードルをクリアする必要があります。実際に部屋をみせてもらうときに、住居人と話しをし、人柄を確認しましょう。といっても住んでみて初めてわかることがほとんどですが、、、
双方が納得したら、いつから住むか、どれくらい荷物があるかなどを話ます。家具がついているところもあれば、何もない部屋の場合もあります。ただ共有スペースのものは「あなたも使っていいからね」と言ってもらえると思います。
お金のやりとりも個人間になるのですが、このときに、現金ではなくて、チェック(小切手)がいいといわれるかもしれません。もしアメリカに銀行口座がなかったら現金しかない旨を伝えましょう。
どちらにしても必ず領収書をもらうように!それから口頭で決めたことも後になって揉めないように書面にしてもらい、その書面にお互いがサインをすることをおすすめします。
アパート賃貸の場合
最初に借りたアパートは有料の審査を要求されなかったので、銀行口座の残高証明書をオーナーにみせること、学校の名前などを伝えることでオッケーをもらいました。
厳しいところや人気の物件だとまず有料の審査をパスしないと、申込みができません。
その後は書類を確認してサインをし、お金を振り込みます。礼金はなく、敷金としてdepositを払うのが一般的です。入居日に家のダメージを確認した後、鍵をもらい、晴れて引っ越し!となります。
もう一つ、家賃の支払い方法が日本と大きく異なり、私の場合はチェック(小切手)を毎月郵便で送っていました。これがまた衝撃だったのですが、普通郵便で送るんです!
日本だったら書留などにしますよねえ。
4.おわりに
「よくあんな英語力で部屋が借りられたなあ。よくがんばった、自分!」と褒めてあげたいくらいの散々な状況の繰り返しでした。ただ今、確信を持って言えるのは、ポートランドで出会った人は温かくて心の優しい人ばかりで、いつも誰かにたくさん助けてもらったからこそ私でも部屋がみつけることができたのだと思います。なので、困ったときはプライドなんか捨てて、助けを求めることをおすすめします。